P02~04 こどもをまんなかにこれからの保育と保育学を考える ―日本保育学会第76回大会の熊本開催を通して― 本研究所研究員 伊藤 良高(保育学)  2023年5月13日・14日の2日間にわたり、熊本学園大学を会場に、日本保育学会第76回大会が開催された。本大会は、九州・沖縄ブロックにおいて、福岡県以外では初めての受入れとなったが、2年半ほど前から、熊本県を中心に、九州・沖縄各県の保育者養成校の教員31名から成る実行委員会(当方が委員長)を組織して、その準備にあたってきた。新型コロナウイルス感染症の世界的拡大の影響を受けて、オンライン(一部は対面式)での開催となったが、フランス、韓国等海外からを含む多数の参加者(1,949名)があった。  本小論では、こども基本法の公布やこども家庭庁の設置、こども大綱の策定など、子ども家庭福祉に係る動きがめまぐるしいなか、こどもまんなか社会における保育と保育学の役割・機能とは何か、どう果たすべきかについて、過日熊本で開催された日本保育学会第76回大会(以下「大会」という。)を通して考えていくことにしたい。 近年の子どもと子育て・保育をめぐる状況  近年、社会経済情勢の変化に伴い、家庭や地域を取り巻く環境が変化するなかで、乳幼児期からの子どもの育ちや子育てをめぐる状況が厳しく/難しくなっていることが指摘されている。最近のものでいえば、例えば、2018年6月に閣議決定された「(第3期)教育振興基本計画」は、乳幼児期の子どもの育ちをめぐる状況について、「幼児の発育に関しては、社会状況の変化等による幼児の生活体験の不足等から、基本的な技能等が十分身に付いていないという課題が指摘されている」と述べている。また、令和2年度文部科学省委託調査として実施された「令和2年度『家庭教育の総合的推進に関する調査研究~家庭教育支援の充実に向けた保護者の意識に関する実態把握調査~』」(2021年2月)では、家庭教育について、①片働きの家庭では、平日の子育ての分担をほとんど自分で対応している割合が高く、精神的な負担を感じやすく、子育てについての悩みや不安を感じる割合も高い。②一方、共働きの家庭では、時間的な余裕がないため、子育てに十分な時間が取れないと感じている、ことなどが示されている。  これらの状況を踏まえて、子どもが安心して生まれるとともに、子ども同士が集団のなかで育ちあうことができるよう、また、家庭における子育ての負担や不安、孤立感を和らげ、男女ともに保護者がしっかりと子育てに向きあい、喜びを感じながら子育てすることができるよう、子どもの育ちと子育てを行政や地域社会をはじめ社会全体で支援していくことの必要性が唱えられている。人間形成における乳幼児期の固有性や重要性を踏まえ、就学前の全ての子どもの健やかな育ちを保障する保育・幼児教育及び保護者に対する子育て支援が求められている。 日本保育学会第76回大会の概要  こうした認識の下、実行委員会では、全ての子どものウェルビーイング(幸福)を実現するため、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものとしての乳幼児期の保育に求められるものは何か。どのようにすれば、全ての子どもの「保育を受ける権利」を保障することができるか、また、専門職として子どもの心身ともに健やかな育ちに携わる保育の実践者・研究者をめぐる状況と課題はいかなるものかを問題意識として、「保育を創る、未来を拓く~保育学の創造をめざして~」を大会テーマに設定し、予測困難で先行き不透明な未来を切り拓く主体的で創造的な保育のあり方について、実践的かつ理論的な側面から模索していくこととした。そして、「保育実践から学ぶ」、「保育のエビデンスを積み上げる」を共通のスローガンに、保育の実践と理論のしなやかな往還(相互作用・交流)を通して、保育実践を支える保育学の「学としての創造」をめざしていくことを課題とした。  大会では、基調講演に始まり、国際シンポジウムや複数の学会企画シンポジウムと実行委員会企画シンポジウム、また、多数の自主シンポジウム(57件)、ポスター発表(489件)や口頭発表(174件)などが行われた。熊本県での開催ということを意識して、関連する企画もいくつか盛り込まれた。1つは、蓮田健・慈恵病院理事長兼院長による基調講演「なぜ産んだ我が子を殺し捨てるのか?~この非日常、非常識な世界を紐解く~」である。講演では、同病院が運営する「こうのとりのゆりかご」(俗にいう「赤ちゃんポスト」)への預け入れや担当者のみに身元情報を明かす「内密出産」を希望する女性の境遇を、予期しない妊娠以前から抱えてきた困り事、生き辛さの発露であると捉え、精神医学や保育の観点から丁寧に支援していくことの大切さが唱えられた。会員からの関心も高く、会場のほか500名以上がオンライン視聴した。また、新聞社等からの取材も数社あった。2つは、実行委員会企画シンポジウム「教育学とのつながりから創造する保育学の未来―『子どもAgency』という概念を通して―」である。義務教育への接続期にあたる子どもたちの育ちについて、熊本市私立幼稚園・認定こども園の2人の園長から話題提供を受け、OECDの提唱する「子どもAgency」概念を踏まえながら、保育学のあり方について検討を加えた。そして、3つには、同「新時代の保育とソーシャルワークを展望する―保護者、子ども、保育者が輝く保育を目指して―」である。保育・社会的養護の現場におけるソーシャルワークを活用した保育実践の可能性と役割について考察し、子どもが今を楽しく生き、将来に夢が持てること、保護者が笑顔で子育てや日常生活を送ることができること、また、保育者が主体的に子どもや保護者、地域社会と関わりながら保育実践に取り組むことができる環境のあり方について討議した。さらに、九州の保育実践として、「自然災害と保育~被災から復興、保育所に求められるもの」と題する3本の動画が配信された。2016年熊本地震や2020年球磨川流域豪雨災害等多発する自然災害に対する保育所、保育の役割について学びあう機会とした。  その他、「保育理念としての子どもと遊び」、「コロナ下における保育と子どもの育ち」、「保育の多様性」、「保育学・日本保育学会のこれまでとこれから」をテーマとする国際シンポジウムや学会企画・実行委員会企画シンポジウムなども行われ、多彩な議論が展開された。九州・沖縄が1つとなった大会をという方針の下、熊本県以下各県の保育者養成校教員の皆様には校務等多忙のなか、当日に至るまでの様々な業務はもとより、20回近くに及ぶ全体会議への出席など粉骨砕身の尽力に支えられた大規模学会の開催であった。 保育と保育学の役割・機能と今後の課題  こども家庭庁の提唱するこどもまんなか社会における保育と保育学の役割・機能とはいかなるものであるか、また、どう果たすべきであるか。これについては多様な見解が想定されるが、「こどもまんなか」というワードを、国連・児童(子ども)の権利に関する条約が示すように、子どもの最善の利益の優先的考慮を徹底するというスタンスから始めるということでなければならないであろう。大会の議論の口火を切った蓮田健氏による基調講演は、全ての子どもが健やかに成長することができ、幸福な生活を送ることができる社会の実現に保育界としてどのように関わっていくべきかを鋭く問いかけるものであった。個人と社会のウェルビーイングの実現が課題とされる今日、就学前の全ての子どもの健やかな育ちを保障するという観点から、子どもの保護・養護と教育(保育内容5領域で象徴される幼児教育を含む)を分かち難いものとして捉えつつ、家庭・園・地域における子育てと保育、子育て支援を体系的、総合的、包括的に位置づけ展開していくことが求められている。 引用・参照文献 1 伊藤良高著『保育制度学』晃洋書房、2022年3月。 2 伊藤良高・宮崎由紀子・香崎智郁代・橋本一雄・岡田愛編『新版 保育・幼児教育のフロンティア』晃洋書房、2022年5月。 3 日本保育学会第76回大会実行委員会『第76回大会(九州ブロック)プログラム』2023年5月。 4 伊藤良高「日本保育学会第76回大会を開催して」熊本県保育協会編『保育くまもと―ho*ku*ma―』第606号、2023年7月。 5 日本保育学会広報委員会『日本保育学会会報』第187号、2023年9月。